芦原すなお - 青春デンデケデケデケ

青春デンデケデケデケ (河出文庫―BUNGEI Collection)

青春デンデケデケデケ (河出文庫―BUNGEI Collection)

 イリヤで得られなかった甘酸っぱ成分を求めて、再読。但し、ボーイミーツガールならぬボーイミーツロックではあるけれど。

 舞台は60年代の香川県。主人公ちっくんがラジオで流れていた洋楽のロックに感銘を受け、同級生たちとバンドを結成し、アルバイトでお金を貯めて楽器を買い、日々練習に勤しみ、時々女の子に恋をしながら、最後は学園祭でライヴを開催する。
 物語の大筋としてはこれだけしかない。いやしかし、再読であるにも関わらず、読んでいる本人がビックリするぐらい笑って、そして泣いた。


 雑味のない青春小説然としたストーリー、登場人物たちによる軽妙な香川訛りによる会話も然ることながら、キャラクターたちが非常に活き活きとしているのだ。純朴でまっすぐな少年たちと、彼らを見守る周囲の優しい大人たちがとても人情深くて愛があって素晴らしい。
 各キャラクターが特級の存在感を持っているけれど、個人的に特にお気に入りなのが、ちっくんの結成したバンド、ロッキングホースメンのベースとべしゃり担当の富士男。
 お寺の息子でお坊さんとしての職務もこなす富士男は、もはや悟りの境地に達している。口下手が多いロッキングホースメンの中で周囲たちとのパイプ役を果たすばかりか、恋や愛を経験したこともないのに同級生を諄々と諭したりする。そして富士男の言葉を噛み締め、感嘆する私。……何故だ!
 しかしそんな富士男ではあるが、愛や恋を説くことは出来ても、英語の発音が苦手な富士男は単語の語尾に母音が伸びて上手く歌えない。「I'm so glad」が「アイムゥソォグラッドォ」になって困ってやがる。なんて可愛い奴なんだ富士男め……!

 時代設定や性別の違いはあるけれど、ここで描かれている青春は、我々の大正義「けいおん!」にも近いものがあると思う。第三者から見たら起伏のない日常、高校生+ロックバンド+きらっきらな青春という図式、キャラ萌え出来る点など。読者層の違いはあるかもしれないけれど、一読の価値がある名作だということに間違いはない。

 ちなみに説明の必要性は皆無だとは思うけれど、タイトルのデンデケデケデケはちっくんがロックに目覚めたThe Venturesの代表曲としてお馴染みの"Pipeline"のグリッサンドオノマトペから。

 タイトルはベンチャーズ、なのになぜ表紙はThe Beatles「Abbey Road」なのだろうか、という疑問を多少抱きつつも、ロックバンドの名ジャケットとして最も有名なものであるし、いちゃもんを付けるのは間違っているのかもしれない。「クリムゾンキングの宮殿」じゃなかっただけマシだ。あんなのが表紙で飾られても恐怖でしかないし。